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coconoo doll

素敵な大人になりたいものだ。 coconoo doll は、球体関節人形の制作日記です。あと、ガーデニング DIY エンタメも少し。

村上春樹と吉本ばなな。「行間を書く、ということ。」

里山の人形師  coconooです。

こんにちは。

 

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写真は、ナウシカ放映記念に。

観ながら描いた。5分。

 それにしても、巨神兵かわいそう。泣いた。

 

akouroushix.hatenablog.jp

 

わたしも読者登録させていただいている、

我が師のひとり「あこう浪士」様のブログ。

(浪士さま。勝手に師にして、すみません。)

 

釣りの指南ん書頼りの、へたっぴの若者に

「間違いは書いていないが、その行と行の間を読め。」

と、言うに

「……白いだけですが…^ ^?」

と、応える若者。

 

なんて、指南に富んだエピソード。

素敵ですよね。

 

話は急に飛びますが、

日本語とは、行間を読む文章なのでそうです。

よく、現国の授業で

「主人公の心情は?作者の意図は?」と、問う試験んがあったものですが…。

アレは、表意文字を使う一部の国と、その間の国だけです。

世界的には珍しい…。

(悪いと言っているのではないです。

ただ、わたしは「そんなん本人、じゃなきゃわからんと?」

と、試験以外は答えてました。)

 

文章、特に文学の世界では

「哀しい」「楽しい」とは、直截書かない、と言うことが

暗黙のルールだったかと、思います。

そんな「感情表現」では、言い切れない複雑な思いだからこそ

文章にし、物語るのだと…。

「遠足に行って、面白かったです。」では、小学生だと…。

 

そんな時に現れたのが、吉本ばななさん。

わたしも「キッチン」とか大好きですが、

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

 

彼女は、直截的な感情表現を書いて、

なおも、その先に広がる感情表現をしてみせた。 

 

その真逆が、わたしにとっては村上春樹

物語の神話的なチカラを、今の時代に蘇らせようとして

「やれやれ。」と、言っている。

 

 

いづれも、リーダブルでありながら

新しく面白い試みに見えます。

 

わたしが直截的な感情表現を避け

行間を書こうと挑戦したのがコチラ。(笑ってください。) 

 

www.coconoodollblog.net

 

www.coconoodollblog.net

 

いかがでしょうか?

ブログの文章は、どんなのがいいんだろう?

 

 

今日も、来てくださって、ありがとうございます。