読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

coconoo doll

素敵な大人になりたいものだ。 九尾ドール 【coconoo doll】は、球体関節人形の制作日記です。あと、ガーデニング DIY エンタメも少し。

音楽とは何か?「この世の中に、既にある奇跡について。」

本・映画・歌・商品紹介 エッセイ的なもの

里山の人形師 coconooです。

こんにちは。

 

f:id:coconoo:20161108162432j:plain

「音楽」つて何だろう?と、思うことがある。

 

ひとつのコードで、ひとつのメロディーで人は、感情を呼び起こされる。

そこに「匂い」や「味」を感じるように、その感情は経験によって複雑に豊かにはなるのだけれど、もともとの楽しいや悲しいといった、想起される感情の基盤は、生来のもののように感じます。

 

わたしの直感と仮説なんですが

(これも何処かで誰かが言ったことかも知れませんが…。)

今までまったく聞いたことのない「メロディー」、

それがJ・ポップであろうが、クラシックであろうが

わたしたちは「既に知っている」のではないか?

 

 

それは、遺伝子に組み込まれているとか、

メロディーは音符の組み合わせであり無限ではない、

と言う話ではなく

「メロディー」を、わたしたちの脳はその出だしの一音を、聞いた瞬間から、

時間的に先取りして予測しているんじゃないかなぁ。と思うことがあります。

わたしたちの脳は、瞬時にいままで聞いたメロディーや好きな曲の展開を思い浮かべ、先取りして「次の音」を想像している。

 

そして、優れた「メロディー」というのは、

先取りして思い浮かべた「メロディー」が、裏切られることなんじゃないか?

(無意識であっても…)

その落差に驚き、感情が大きく揺さぶられているんじゃないかしら…と。

 

 

たとえば「笑い」もそうだ。

なぜ人は笑うのか?

他の感情表現より説明が難しい「笑い」。

「可笑しいから」では、答えにならない。

生物学的にではなく、なにを「可笑しい」としているのか?

この問いも、いまの「メロディー」と一緒で

漫才とか見ていて、掛け合いや話しの展開が、

自分の「先取り」からズレる、ちょっとした逸脱や落差がある。

そのときに、人は笑うのではないかしら…。

 

そういうと、小説にかぎらず、文章はみんな(ブログも)そんな気がする。

大きな物語の展開に限らず、

次の一行、次の言葉に少しの意外性を見る時

人は夢中になって、のめりこんでゆく気がする。

 

しかし、いずれもその人にとって、

その、ちょっとした落差や、少しの意外性が

大きすぎると理解を超えてしまう。

www.coconoodollblog.net

 

 話は変わりますが、

皆さんは、麦茶だと思ってめんつゆを飲んだこと、ありませんか?

わたしはあります。(笑)

あの、麦茶とは味が違う、まずいと思って吐き出してしまうのではなく

脳がブレーカーを落としたような衝撃。

人間というのは、五感を総動員して、前もってモノを認識しているんだそうです。

 

高校生から「現象学」の超難解な書物がなぜか好きで、

エトムント・フッサールモーリス・メルロー=ポンティエマニュエル・レヴィナスを全然理解できないまま、読んでいました。

たぶん格好をつけたい、バーナード嬢なだけだったかと…。

(わかる人にはわかるはず。アニメもやってますね。)

バーナード嬢曰く。: 1 (REXコミックス)
 

 

ただそれは「現象学」の「いかなる先入観形而上学的独断にも囚われずに存在者に接近する。」態度に近しい。(笑)

 

www.coconoodollblog.net

 

また、思い出しました。

これも全然違うハナシ。

昔、忘年会の幹事をやらされたとき

わたしは、あの浜ちゃんと伊東四郎の番組「お前は一流芸能人か?」をまねて

「お前は本物のビール通か?」というのをやりました。

 

もう、ご想像できたかと思うのですが

アサヒ スーパードライやキリン ラガー、サントリー モルツに発泡酒まで、それぞれ銘柄を隠して飲ませ、当てさせるというものです。

 

薀蓄を語るビール通ほど、見事に当たらない。

(本当に見事なほど…です。)

それだけ人間は案外いい加減です。

目隠しをしたり、鼻をつまむと、より当たらなくなります。

とても盛り上がりますので、今年の皆様の忘年会でもやってみてください。

 

何の話でしたっけ?

そうそう「先取り」の話。

あらかじめ「麦茶」だと判断して間違うと、人はそれがなにか?認識できない。

その落差に衝撃を受ける。

だいたい人は、「それ=人 モノ 価値 組織 イデオロギー等世の中のすべての事象」が何か?を前もって認識しようとしながら、したつもりになりながら、生きているような気がします。

 

「音楽」というのは、

自分の認識や予想といった先取りを、美しく裏切ってゆく、

自分が想像した音楽はそこになく、逸脱と落差の美しさが存在する、

「美しい音楽」はすべて、カタチのない「奇跡」のようだと思います。

 

 

 

本当は書こうと思っていた、どんな音楽が好きか?は

長くなったので、また別の機会に…。

 

 

今日も、来てくださって、ありがとうございます。

 

広告

【はてなブログProにするなら、お名前.Com 】